【REVIEW】 “蜜蜂と遠雷”

 

恐ろしい映画だと思った。誰にも共感できないのに、どれもこれも身に覚えがある。

 

直木賞と本屋大賞のダブル受賞を果たした”蜜蜂と遠雷”が映画化された。
私は原作を読まずに映画を観たのだが、「映像化不可能」と言われていたとは信じがたいほどに『映画』だった。

 

本編のネタバレになりそうな部分はまだ上映中のため控えたい。その代わりに自分の感情の動きを書き出していこうと思う。

 

“蜜蜂と遠雷”はピアノの国際コンクールに挑戦する4人の話なのだが、おそらく音楽をしていない人でも入り込めるのではないだろうか。
それは冒頭で述べた身に覚えがある、ということが関係してくる。

 

まず前提として、あの画面に映った役者は全員が演技が上手い。そして4人を演じた俳優たちは全員『そこにいた』のである。

 

松坂桃李が演じる高島明石は楽器店で働く傍ら、年齢制限ギリギリでコンクールに臨む。
高島は基本的に穏やかで思慮深く生きようとしているのだが、コンクール本番前の彼からは何か細かな棘を感じた。

 

彼の「音楽だけで生きてきた人には出せない『生活者の音楽』を鳴らすんだ」という誇りが、反骨心が、転じて卑屈さや屈折した思いを生んでしまう。
その暗い滲み方をきっと私たちは知っている。それは自分かもしれないし、自分の周りの人かもしれない。
明石は、人生の中で一度は感じたことのある違和感を体現しているのだ。

 

松岡茉優演じる栄伝亜夜に対しても、穏やかに話してはいるのだが、どうしても滲んでしまう。
それは亜夜はかつて天才少女と呼ばれていたからで、明石にとっては無意識に仮想敵と認識してしまっていたからではないだろうか。
なかなか取れない棘が手に刺さるような痛みを、亜夜は知らず知らずのうちに負う。
天才が普通の人(普通の人などいないが)を傷つける構図はよくあるが、逆もまた然りなのである。

 

かといって亜夜に感情移入ができるかといえば、そうではないのだ。
ここがこの映画の怖いところで良いところである。
亜夜は天才少女と呼ばれていた頃、母親の死がきっかけでステージを投げ出してしまった。
そこからこのコンクールに出場するまでの過程や葛藤は想像を絶するものであったことは間違いない。
自分自身を信用できなくなったこともあっただろう。しかし、亜夜はどうしたって天才なのである。

 

ある分野において才能がある人特有の、その他大勢を置いてけぼりにしてしまうような感覚や、無邪気なエゴが上手く表現されている。
しかし亜夜のそれに関しては、観ていても気に留めない人もいるくらいのもので、「特別になりたい」と一度は思ったことがある人にとっては響く仕上がりになっている。

劇中で亜夜、マサル、塵と明石という3:1の構図になるシーンがある。
そして明石は3人がいるところを「あっち側」と呼ぶ。亜夜にはその感覚が無いのかもしれないが、亜夜は最後には「あっち側」にいるのだ。

風間塵を演じた鈴鹿央士は演技初挑戦とのことだったが、彼は塵そのものであった。
自分が周囲にとって得体の知れないものであるという自由さや、伸びしろばかりで何も失うことのないという鈴鹿自身の置かれている状況が、塵と重なるのだ。
先程亜夜に対して述べた『無邪気なエゴ』は彼にもあるが、亜夜は引っかかるくらいのものであるのに対して、塵には抉るような危うさがある。
亜夜やマサルのようになりたいとは思えるかもしれないが、塵を目標にできるかといえばそうではない。
それは塵が『才能が世に出る瞬間』を表しているからかもしれない。彼の未来は明るすぎて、先が見えないのだ。

 

森崎ウィン演じるマサル・カルロス・レヴィ・アナトールは今回のコンクールの大本命。
周りが彼を天才と呼ぶし、それも彼は分かっている。しかしマサルには人間らしい心の揺れがある。
完璧な演奏を求められ、それでも余裕のある姿見せているマサルだが、それは彼本来の性格ではない。
マサルは、こうでありたいと思うものになろうとし、実際になっている。そうそうできることではない。
あの人は天才だから、と考えを止めてしまえばそれまでだが、マサルはどちらかといえば後天的な天才であり、維持するのが難しい。
『天才であるための努力』をし続けるのだろう。

天才を仮想敵としていた明石のことを、私は笑えない。私だって、彼らを一緒くたにしていた節があるからである。
同じ言葉を選んだからといって、選ばなかった言葉まで同じとは限らない。同じ色だからといって、同じ濃さとは限らない。
潜在的に人を振り分けてしまっていたことに、気付かされる。

 

本作は演奏シーンはもちろん、そうでないところでも『音』に気を配った作品だ。
音が空気を伝って私たちに届くのと一緒に、感情もスクリーンを越えて届いてくる。
ぜひ映像から、音を探してみてほしい。

 

蜜蜂と遠雷

原作:恩田陸「蜜蜂と遠雷」
監督・脚本・編集:石川慶
出演:松岡茉優 / 松坂桃李 / 森崎ウィン / 鈴鹿央士 他
Homepage / Twitter

 

 

written by : NANAKO
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